俺、頑張ってるアピール
(2020年8月の雹)
バンコクでOLとして働いていたときに、日本の各支店からよく電話がかかってきた。
電話だから緊急で、重大な案件だと思いがちだが、蓋を開けてみると大した要件ではないことの方が多かった。
電話では
時々仕事とは関係ない楽しい話をする人もいたが、
30分長々と中身のない話をする人もいた。
私が当時電話で話していたのは100人を超えるだろう。
今でもなぜか時々思い出すのは
「俺、頑張っているアピール」を必死にしていた人だ。
その人の名前も覚えていないし、
日本へ出張に行ったときに会ったことも多分ない。
思い出すのは、そこに日本の会社文化が抱える問題点が透けて見えるからなのかもしれない。
ある夜、日本から私の携帯電話に電話がかかってきた。日本時間21時、タイ時間19時頃だった。
携帯電話は会社から与えられていた。
その時、私はすでに家に帰っていて、
ゴーヤチャンプルーを作っていた。
「はい」
携帯を耳と肩の間にはさみ、
そのままメモも取らずに菜箸でゴーヤチャンプルーを炒めた。
「〇〇支店の〇〇ですが、緊急で対応してほしい見積りがあって」
と彼は切り出した。
ジュージューとゴーヤチャンプルーを炒めながら、
「はあ。でも私もう家に帰ってきてるんですけど」
と素っ気なく返答した。
私は当時100人以上仕事上で電話で話をしていたが、自分でできることをせず、甘えてくる日本人の同僚が半数以上だったのでこの頃には電話の対応が素っ気なくなっていた。
「え? もう家にいるんですか?」
彼はありえないといった風に言った。
タイの支店は17:30が定時で、私は多少は残業をしていたが極力早く帰るようにしていた。
私はマネージャー職だったので残業代はついていなかったし、タダ働きは極力しない主義だった。
「いや、定時は17:30なので。
今夕食の準備中なんですけど」
と言って、私はゴーヤチャンプルーを炒め続けた。
「はぁー」
彼は
「俺はこんな時間まで働いているのに、もう夕食の準備をしているなんて何たることだ」
とでも言いたいかのようにため息をついた。
「必要な見積り条件をメールに書いて送っておいてください。明日見るので」
と何度か繰り返し伝えた。
彼は少しごねたが、渋々承知して電話を切った。
翌日、会社に着きパソコンを立ち上げ、
ざっとメールに目を通した。
1日あたり受信するメールの数はおよそ200通。
電話を切ったあと、彼は言われたとおり内容をすぐにメールで私宛に送っていた。
その内容を見て
「どこが至急の案件なのか」
とつい笑ってしまった。
当時、見積もり作成依頼は日本からたくさん来た。
日本とタイ間の輸出入ビジネスは多い。
けれど、人命がかかっているとか事故が起きたなどといった場合でない限り、本来「至急」なものはあまりない。
「大至急やれ!」
という人は、それで自分の尊厳を保っていたいだけの悲しいおじさん。
おじさんと敢えて書いたのは、そういう勘違いおじさんが当時本当に多かったから。
また他の男性社員にはこういう無理はあまり言わず女性社員にだけ偉そうにするのも、おじさんアルアルだった。
私はいつものようにメールの内容を英語に訳してから、見積もり作成担当のタイ人同僚にメールを転送して終わりにした。
「俺、21時まで残業して頑張っているアピール」を必死にしていた彼から、二度と私宛に電話がかかってくることはなかった。
私が敢えてこのことを書いたのは彼の事をバカにしたいからではない。
彼の働き方には多くの問題点がある。
・男性社員による女性社員へ、または自分より若い人への圧力。例えば自分の男性上司にはこういう態度は絶対に取らない。
・残業することが偉いと勘違いしている。
・残業を他人に強要する。
・自分の仕事・案件が最重要だと勘違いし、相手の都合を無視して先にやれと声高に訴える。
など。
そして今日もこういう「俺、頑張ってるアピール」をする人による犠牲者は日本中に多くいるのだろう、と想像する。
大事なことは小さな声であっても
俺、頑張ってるアピールをする人に対して、
「その条件では無理です」
「できません」
「〇〇ならできます」
と伝えることだと思う。
そこに
「かわいそうかな」
とか
「傷つけるかな」
とか
「怒られるかな」
といった遠慮はいらない。
毅然とした態度でいれば、
その人から無理強いをされることは少し減るのではないかと考える。
「俺、頑張ってるアピール」をする人から被害にあっている人は試しにやってみてください。